BLOG

カテゴリ:
試合コラム

【ジャパンラグビートップリーグ】第6節試合コラム『親子の夢。太朗丸、秩父宮を駆ける』

 ラグビー好きの父がいる。男の子を授かる。「よし。ラグビーをやらせよう」。そう思っても不思議ではない。もはや人情だ。
 その日から9年が流れた2003年あたり。小学3年生は父に連れられて初めて秩父宮ラグビー場のスタンドに座った。記憶は淡いピンク色か。その頃、父に勧められ、地域クラブの「ワセダクラブ」でラグビーをはじめた。当時、早大の主将を務めていた山下大悟(現・日野バックスコーチ)にあこがれた。
 さらに歳月が流れた土曜日。春一番が吹き荒れた22日、その少年は成長し、日野の背番号「13」を付けてピッチに立った。スタンドの父の声援を受け、駆けまわった。
 東郷太朗丸。25歳。名前は「たろうまる」ではなく、「たろま」と読む。いい響きだ。ユーモア精神あふれる父の「太く、朗らかに、丸く育ってほしい」との思いが込められている。「一回、聞いたら、忘れられないでしょ」と東郷は少し笑った。
 「何とか丸って船名によくあるじゃないですか。飛行機ではなくて、船で少しずつ、いろんなことを経験しながら、ゆっくり育ってほしいという願いもあったみたいです」
 努力家の東郷は茨城・常総学院高から流経大に進み、3年前、日野自動車に入社した。けが人続出などのチーム事情もあっただろうが、今季のトップリーグ第2戦のNEC戦での途中出場で公式戦初出場を果たした。チームの初勝利に貢献した。
 第5戦のクボタ戦につづき、このサントリー戦にも先発出場した。平坦ではないラグビー人生を歩んできた。東郷は言う。
 「社会人になってからは正直、挫折の方が多くて、目の前のことにいっぱい、いっぱいでした。試合に出たい、試合に勝ちたい、と願ってきました。試合に出たら、チームに貢献したいと」
 本職はスタンドオフながら、チーム事情からセンターを務めた。タックルを買われた。でも、サントリーの両CTB、豪州のレジェンドのマット・ギタウとウィル・チャンバーは経験値も格もちがった。判断と動きのはやさにほんろうされ、タックルもからだの芯を外れた。ミスもあった。
 「(相手の)顔を出すタイミングがいつも違ったり、ボールを離すタイミングやキックを蹴ったり蹴らなかったりする選び方もうまかったり…。いいエナジーをチームにもたらせるようにディフェンスをメインに考えていたんですが、結構、抜かれたりして、うまくはまらなかった。メチャクチャ悔しい…」
 試合後、日野選手はバックスタンド前に一列に並んで頭を下げた。隣のエースのFBギリース・カカから何度も肩をたたかれた。「ダイジョウブ、ダイジョウブ」と。
 東郷は素直だ。
「カカは“おれもいっぱいミスしたからダイジョウブ”って言ってくれました。バックスで一番うまい選手がそう言うのだから、大丈夫なのかなって。練習して、次はもっと頑張ればいいんだって」
 東郷は試合メンバーでは少ない生え抜きの社員契約選手である。プロ契約選手に負けたくないとの思いがつよい。つまりはチーム内の切磋琢磨。
 「それがないと、日野の未来はないと思います。試合に出た時は、試合に出られないメンバーと、会社の社員の人たちのために頑張ろうという気持ちがあります」
 もちろん日野の市民やファンのためにも。そして父や家族のためにも。
 そういえば、日野の試合のチケットは父にはプレゼントしている。東郷はコトバに実感を込めた。
 「(試合出場まで)3年かかったなあって感じます、正直。やっとで父親に対して恩返しができたなって」
 これからはチームの勝利が何よりの親孝行となる。ポジション争いは熾烈ながらも、春一番の中、太朗丸が帆を立て、ゆっくり歩を進めていく。
 (By 松瀬学)

この記事をシェアする

BACK