トップチャレンジリーグ vs 釜石 SEA WAVES
日野自動車のアウトサイドセンターである片岡将は、今度の試合に特別な感慨を抱いていた。相手が、一昨年までプレーした釜石だったからだ。
2011年に栗田工業に入部した片岡は、14年に釜石へ移ってからラグビー一筋で身を立てている。日野自動車の仲間へ入る心境などを聞かれ、こう述べたことがある。
「釜石のことは好きだったので、そこを離れるのだったら…と総合的なことを考えてきました。いまは日野自動車に来てよかったと思えますし、このままトップリーグに昇格できたら、より、そう思える…と感じています」
そんな古巣とのカードで、くしくもゲームキャプテンを任されることとなった。
広島、東京、山口と続き、今度の会場は岩手である。昨季まではトップイーストでしのぎを削ってきた日野自動車と釜石の一戦は、今季新設されたトップチャレンジリーグの第4節として盛岡市のいわぎんスタジアムでおこなわれる。雨粒に襲われるスタンドでは、この日も熱心なファンが真っ赤なスティックバルーンを打ち鳴らす。
このリーグでは、日本最高峰のトップリーグ入りが争われている。前半戦にあたる1stステージの上位4チームが、後半戦の2ndステージで自動昇格を目指すこととなる。そして日野自動車は、ここで釜石を制すれば4位以上が確定となる。
重圧のかかるこの日、何と、強みのスクラムで宿題を背負わされてしまう。
相手のペナルティーゴールにより0-3とリードされて迎えた、前半16分。この午後最初の自軍ボールスクラムを獲得も、相手のフォワードの塊に押し戻される。攻撃権を渡す。
組み合う瞬間に互いが体重を掛け合う時、釜石の選手に極端な圧力をかけられたようだ。最前列中央のフッカーに入る「技術管理部」の26歳、崩光瑠によればこうだ。
「ちょっとした相手の押し方、自分たちのメンタル(の影響)があったのかな…」
スクラムは、宮本安正コーチのもと丹念に鍛えてきたプレー。それだけに、押された瞬間のフォワードはやや「面食らったみたい」だったと片岡は振り返る。
もっとも、パニックにはならなかった。確実なプレー選択を通し、落ち着くよう促した。
「日野自動車のフォワードが悪いというより、釜石のフォワードがすごくファイトしていた。こういう展開にはなるだろうな」
続く25分、敵陣22メートルエリア左のラインアウトからモールを形成。その脇をフォワード陣が相次ぎ突進する。1対1の局面をひとつずつ制し、最後は「生産管理部」部のウイング、小澤和人が右タッチライン際を駆け抜ける。直後のゴール成功もあり、7-3と逆転した。
肝心のスクラムも、時間を重ねるごとに改善。ハーフタイム直前には、敵陣ゴール前でペナルティーキックをもらうと相次ぎスクラムを選ぶ。たとえ最初の1本を押し返されても、崩は自分たちの軸を信じたかったのだ。
「ここで勝てないと日野自動車じゃない。スクラムは、これから日野の武器としてもっと伸ばさなきゃいけない…。バックスの選手にも、こだわらせてくれと話していました」
ここではパスを受け取ったランナーが孤立するなどして追加点こそ奪えなかったものの、タフな40分をリードして折り返せたのだった。
後半、片岡に代わって登場したのが林泰基だ。パナソニックから移籍1年目の32歳にとっては、これがコンディション不良からの復帰戦。具体的な指示や鋭いタックルなどを通し、「すべての局面で正解のプレーを」の意をにじませる。
10分以上前にスコアを12―3から12-6に詰められていた25分頃、自陣10メートルエリア右で相手ボールスクラムを迎える。
ここで林は、持ち場のインサイドセンターの位置からフォワードのもとへ駆け寄る。
声をかける。
「自分たちのやって来たことしか出ない。初心に帰って、ベーシックなスキルをやり切ろう」
ここから日野自動車は、ギアを入れんとする釜石の前に自慢の防御ラインを敷き詰める。左中間で林が低いタックルを決め、進撃を許さない。さらに左端の接点では、小澤が球へ絡んで釜石の反則を誘うのだった。林の述懐。
「経験値がないと、焦って、焦って相手のテンポに飲まれていく。80分間もあればああいう(悪い)時間帯は絶対に生まれるのですが、そこで焦って欲しくなかったから…」
先発した「トヨタ部」の染山茂範、ラスト20分で登場した「TS支援企画部」の山道翔という両スタンドオフのキックで、日野自動車は首尾よく陣地を獲得。終盤は敵陣でペナルティーキックを得て、どんどん速攻を仕掛けてゆく。その流れに乗った後半31分には、敵陣ゴール前左中間でのスクラムからナンバーエイトの千布亮輔がインゴールを割る。直後のゴール成功でスコアは19―6。最後は両者とも1トライずつ獲り合う展開となったが、4連勝の日野自動車は4位以上を確定させた。
加点するなかでも、押されたスクラムやチャンスでのミスならあった。それでも、皆で注力する組織防御が崩されなかった。サントリーから移籍2年目のオープンサイドフランカー、佐々木隆道は、レビューとプレビューをこうまとめた。
「釜石を相手にこのパフォーマンスができたのは、成長できた点。セットプレーはもう少し改善しないといけないですが、ディフェンスはよくなった。トライを取られる匂いはしなかったです。日野自動車はセットプレーを安定させて、ディフェンスで頑張らないと勝てないチーム。もう1回、そこをテーマにしていきます」
次にぶつかる三菱重工相模原は、トップリーグ在籍経験のある難敵だ。日野自動車は前年度のトップイースト、昇格を賭けたトップチャレンジ1で2連敗を喫している。
向こうが海外出身者をずらりと並べるなか、日野自動車は佐々木の述べるひたむきさを示したい。29歳の片岡もまた、今後のフォーカスポイントは防御と肉弾戦だと言う。
「4戦目で今日のようなファイトを相手にされたのは、すごくよかった。これくらいのことを経験しないと、三菱、ホンダ(11月25日に対戦)には勝てないと思うので。外国人の多い相手に対し、僕たちの練習してきた通りのアタックをどれくらい出せるのか…。それを考えると、これからの練習では僕からディフェンスやブレイクダウン(肉弾戦)について厳しく言っていきたい」
激突するのは2週間後の10月22日、東京の秩父宮ラグビー場である。日野自動車は釜石戦の反省を活かしつつ、リベンジを果たせるだろうか。
【細谷監督】
いずれにしても勝ち点5を取り、4位以内を決められた。三菱戦に向けてやれることは限られていますが、セットプレー(スクラム、ラインアウト)に集中していく。あとは、ブレイクダウンです。きょうは1人目の前に出る意欲が少し足らなくて、2人目の寄りが遅くて高かった。これは納得できるものではない。ベーシックな部分のスタンダードを高めないといけません。
【廣川主将】
難しい試合になるのは想定内でした。特に前半は、点数が動かなくても焦らずやっていこうと(事前に)話していました。選手は、よく理解して動いていたと思います。ただ、点数を取り切るところで取り切れなかったのは甘いところです。スクラムは、まだまだレベルアップしないといけない段階。日々、積み上げないといけない。
【プロフィール】
Text by 向風見也
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポーツナビ」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。「現場での凝視と取材をもとに、人に嘘を伝えないようにする」を信条とする。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。
2011年に栗田工業に入部した片岡は、14年に釜石へ移ってからラグビー一筋で身を立てている。日野自動車の仲間へ入る心境などを聞かれ、こう述べたことがある。
「釜石のことは好きだったので、そこを離れるのだったら…と総合的なことを考えてきました。いまは日野自動車に来てよかったと思えますし、このままトップリーグに昇格できたら、より、そう思える…と感じています」
そんな古巣とのカードで、くしくもゲームキャプテンを任されることとなった。
広島、東京、山口と続き、今度の会場は岩手である。昨季まではトップイーストでしのぎを削ってきた日野自動車と釜石の一戦は、今季新設されたトップチャレンジリーグの第4節として盛岡市のいわぎんスタジアムでおこなわれる。雨粒に襲われるスタンドでは、この日も熱心なファンが真っ赤なスティックバルーンを打ち鳴らす。
このリーグでは、日本最高峰のトップリーグ入りが争われている。前半戦にあたる1stステージの上位4チームが、後半戦の2ndステージで自動昇格を目指すこととなる。そして日野自動車は、ここで釜石を制すれば4位以上が確定となる。
重圧のかかるこの日、何と、強みのスクラムで宿題を背負わされてしまう。
相手のペナルティーゴールにより0-3とリードされて迎えた、前半16分。この午後最初の自軍ボールスクラムを獲得も、相手のフォワードの塊に押し戻される。攻撃権を渡す。
組み合う瞬間に互いが体重を掛け合う時、釜石の選手に極端な圧力をかけられたようだ。最前列中央のフッカーに入る「技術管理部」の26歳、崩光瑠によればこうだ。
「ちょっとした相手の押し方、自分たちのメンタル(の影響)があったのかな…」
スクラムは、宮本安正コーチのもと丹念に鍛えてきたプレー。それだけに、押された瞬間のフォワードはやや「面食らったみたい」だったと片岡は振り返る。
もっとも、パニックにはならなかった。確実なプレー選択を通し、落ち着くよう促した。
「日野自動車のフォワードが悪いというより、釜石のフォワードがすごくファイトしていた。こういう展開にはなるだろうな」
続く25分、敵陣22メートルエリア左のラインアウトからモールを形成。その脇をフォワード陣が相次ぎ突進する。1対1の局面をひとつずつ制し、最後は「生産管理部」部のウイング、小澤和人が右タッチライン際を駆け抜ける。直後のゴール成功もあり、7-3と逆転した。
肝心のスクラムも、時間を重ねるごとに改善。ハーフタイム直前には、敵陣ゴール前でペナルティーキックをもらうと相次ぎスクラムを選ぶ。たとえ最初の1本を押し返されても、崩は自分たちの軸を信じたかったのだ。
「ここで勝てないと日野自動車じゃない。スクラムは、これから日野の武器としてもっと伸ばさなきゃいけない…。バックスの選手にも、こだわらせてくれと話していました」
ここではパスを受け取ったランナーが孤立するなどして追加点こそ奪えなかったものの、タフな40分をリードして折り返せたのだった。
後半、片岡に代わって登場したのが林泰基だ。パナソニックから移籍1年目の32歳にとっては、これがコンディション不良からの復帰戦。具体的な指示や鋭いタックルなどを通し、「すべての局面で正解のプレーを」の意をにじませる。
10分以上前にスコアを12―3から12-6に詰められていた25分頃、自陣10メートルエリア右で相手ボールスクラムを迎える。
ここで林は、持ち場のインサイドセンターの位置からフォワードのもとへ駆け寄る。
声をかける。
「自分たちのやって来たことしか出ない。初心に帰って、ベーシックなスキルをやり切ろう」
ここから日野自動車は、ギアを入れんとする釜石の前に自慢の防御ラインを敷き詰める。左中間で林が低いタックルを決め、進撃を許さない。さらに左端の接点では、小澤が球へ絡んで釜石の反則を誘うのだった。林の述懐。
「経験値がないと、焦って、焦って相手のテンポに飲まれていく。80分間もあればああいう(悪い)時間帯は絶対に生まれるのですが、そこで焦って欲しくなかったから…」
先発した「トヨタ部」の染山茂範、ラスト20分で登場した「TS支援企画部」の山道翔という両スタンドオフのキックで、日野自動車は首尾よく陣地を獲得。終盤は敵陣でペナルティーキックを得て、どんどん速攻を仕掛けてゆく。その流れに乗った後半31分には、敵陣ゴール前左中間でのスクラムからナンバーエイトの千布亮輔がインゴールを割る。直後のゴール成功でスコアは19―6。最後は両者とも1トライずつ獲り合う展開となったが、4連勝の日野自動車は4位以上を確定させた。
加点するなかでも、押されたスクラムやチャンスでのミスならあった。それでも、皆で注力する組織防御が崩されなかった。サントリーから移籍2年目のオープンサイドフランカー、佐々木隆道は、レビューとプレビューをこうまとめた。
「釜石を相手にこのパフォーマンスができたのは、成長できた点。セットプレーはもう少し改善しないといけないですが、ディフェンスはよくなった。トライを取られる匂いはしなかったです。日野自動車はセットプレーを安定させて、ディフェンスで頑張らないと勝てないチーム。もう1回、そこをテーマにしていきます」
次にぶつかる三菱重工相模原は、トップリーグ在籍経験のある難敵だ。日野自動車は前年度のトップイースト、昇格を賭けたトップチャレンジ1で2連敗を喫している。
向こうが海外出身者をずらりと並べるなか、日野自動車は佐々木の述べるひたむきさを示したい。29歳の片岡もまた、今後のフォーカスポイントは防御と肉弾戦だと言う。
「4戦目で今日のようなファイトを相手にされたのは、すごくよかった。これくらいのことを経験しないと、三菱、ホンダ(11月25日に対戦)には勝てないと思うので。外国人の多い相手に対し、僕たちの練習してきた通りのアタックをどれくらい出せるのか…。それを考えると、これからの練習では僕からディフェンスやブレイクダウン(肉弾戦)について厳しく言っていきたい」
激突するのは2週間後の10月22日、東京の秩父宮ラグビー場である。日野自動車は釜石戦の反省を活かしつつ、リベンジを果たせるだろうか。
【細谷監督】
いずれにしても勝ち点5を取り、4位以内を決められた。三菱戦に向けてやれることは限られていますが、セットプレー(スクラム、ラインアウト)に集中していく。あとは、ブレイクダウンです。きょうは1人目の前に出る意欲が少し足らなくて、2人目の寄りが遅くて高かった。これは納得できるものではない。ベーシックな部分のスタンダードを高めないといけません。
【廣川主将】
難しい試合になるのは想定内でした。特に前半は、点数が動かなくても焦らずやっていこうと(事前に)話していました。選手は、よく理解して動いていたと思います。ただ、点数を取り切るところで取り切れなかったのは甘いところです。スクラムは、まだまだレベルアップしないといけない段階。日々、積み上げないといけない。
【プロフィール】
Text by 向風見也
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポーツナビ」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。「現場での凝視と取材をもとに、人に嘘を伝えないようにする」を信条とする。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。