トップチャレンジリーグ vs 三菱重工相模原 DYNABOARS
芝の奥から泥が浮き出る雨中のグラウンドで、ずっと我慢し続けた。
後半ロスタイム。自陣ゴール前で防戦一方。
「自分がゴールを決めていれば…」
日野自動車の「トヨタ部」に勤める27歳、染山茂範は必死だった。後半40分にトライが決まった際、直後のゴールキックを外していたからだ。1トライ1ゴールで逆転されるわずか6点のリードを守るべく、仲間とともにタックルを重ねる。
黄緑色のジャージィの三菱重工相模原が攻めるのに対し、最も対抗していた赤いジャージィは西村雄大だった。
「人事総務部」に勤務する26歳。白く書かれた背番号「6」を、雨水の混じった土で黒くする。
「それほど焦っていなくて、ひとりひとりが落ち着いて責任を果たせたと思います」
西村がこの試合最後のタックルを決めてそう時間のたたないうちに、相手選手が落球。笛が鳴る。ノーサイド。22-16。
日野自動車は、昨季のトップイーストで首位だった三菱重工相模原から22年ぶりの公式戦勝利をもぎ取った。同リーグで徐々に順位を上げるなか、改めて成長を実感したか。
この80分は、今季新設されたトップチャレンジリーグの第5戦目にあたる。
台風21号の接近で実施すら危ぶまれたなか、東京の秩父宮ラグビー場では赤いメガホンを持つ応援団が豪雨を浴びていた。屋根のない前方の席でグラウンドを背にし、屋根のある後方の席に固まるファンへ掛け声を促す。試合中は「応援合戦」などのイベントも催され、公式で「1774人」の観客は赤と緑に分かれて熱を帯びていた。
「レーッドドルフィンズ!」
「ダイーナボアーズ!」
捕球の難しそうなグラウンドコンディションだった。日野自動車のスタンドオフを務める染山は、理想と現実のはざまを首尾よく行き来した。
三菱重工相模原の防御網を分析して「外のスペースを攻めよう」とパスを回すのが、理想の動き。自陣でのミスを減らすべくキックを蹴って前方へ移動するのが、現実的に必要とされる動作だ。
染山の理想が実現されたのは、3点差を追う前半15分だ。
敵陣10メートル線付近左のスクラムから、中央に向かってフェーズを重ねる。左のスペースに相手の大柄な選手が並ぶのを見るや、染山はその区画に回ってパスを呼び込む。
大外には屈指のランナーを揃えていて、染山からパスをもらったのはアウトサイドセンターのモセセ・トンガ。フィニッシュを決めたのは、タッチライン際を駆け抜けたフルバックのギリース・カカだった。染山は、直後のゴール成功で7-3と4点リードを奪うのだった。
3分後にはキックの蹴り合いという現実路線を歩むなか、弾道を追う選手の隙間を相手に走られ、7-8と勝ち越されてしまう。28分にはペナルティーゴールで10-8ともう1度ひっくり返すも、次のキックオフからほどなくして三菱重工相模原のペナルティーゴールを許す。10-11と、またも追う立場となる。
しかし染山はここから、陣地獲得のプロセスを改善させる。
自分が放つキックの種類を、「相手に蹴り返させる長いもの」に限定した。快速で鳴らす「生産管理部」の25歳、小澤和人がその弾道を敵陣深い位置まで追った。そこにいた相手に、苦し紛れのようなキックを蹴らせた。
その延長で敵陣10メートル付近右のラインアウトを得たのは、36分のこと。ここから日野自動車は、再び理想の攻撃を繰り出す。
フォワードがラインアウトからモールを組み、左へ、左へと展開するなかでテンポを上げる。左端に立ったモセセとカカのコンビは、ここでも防御の隙間を破る。最後はカカの前方へ蹴ったボールを、モセセがインゴールで抑える。染山のゴール成功もあり、17―11のスコアで後半を迎える。
ここからはピンチに直面した。47分頃、57分頃と、自陣ゴール前でノーサイド直前のような防御を強いられた。
ただ、この時の日野自動車は献身的だった。47分頃は向こうの攻撃ラインを押し戻し、57分頃は相手のミスを誘い無失点で切り抜けた。
特にフランカーに入った西村は、強烈なタックルと肉弾戦へのぶちかましをこれでもかと繰り返した。この日はNECから移籍1年目の村田毅、サントリーから加入2年目の佐々木隆道というフランカーの主戦格が揃って欠場。穴を埋める西村は重責を担っていた。
「ブレイクダウン、1対1でしっかりと働く。相手の外国出身選手を止める。それが今日の課題だった。ここで止めれば流れが来る…と、ずっと思っていました」
辛抱が実ったのは、クライマックスを迎えてからだ。16-17と点差を詰められていた後半35分、「生産管理部」所属の廣川三鶴主将が投入される。早速、敵陣10メートル付近右中間でスクラムを組む。
32歳のベテランは、最前列中央のフッカーとして両脇の選手に実感を聞く。同じ部署で1学年上の右プロップ、廣瀬賢一から「絶対に、行ける!」と言われた。では、フォワード8人のパワーを廣瀬の側に結集させよう…。
猛烈なプッシュを、決めた。三菱重工相模原から、塊を崩すコラプシングの反則を誘う。
廣川主将は自信をつけた。試合終了が近づいた頃、敵陣ゴール前左でペナルティーキックを獲得。選べるプレーのなかから、迷わずスクラムをチョイスした。文句なしに組み勝ち、途中出場でフランカーのリチャード・スケルトンがだめを押した。このスコアを保って最後の笛を聞き、ハイタッチで水しぶきをあげた。
メンバー入りした海外出身者の数で3人も上回る三菱重工相模原から、防御とまとまりで泥だらけの白星を掴んだ格好だ。細谷監督は誇らしげだった。
「私が一番嬉しいのは、最後にスクラムを選んでくれたことです。ここはチームの強みなので。去年からの大きな成長だと思っています」
全国を回るトップチャレンジリーグのツアーは、いよいよ終盤戦に差し掛かる。昇格争いに加われる4位以上に残った日野自動車は、同じく4強確定の九州電力、ホンダと11月にぶつかる。最終順位を決定させ、三菱重工相模原を含めた計4チームでトーナメントを実施。自動昇格を争う。
「皆、ハードワークできた。よかった。一安心ですね」
かく語ったのは、この午後にゲーム主将を務めた崩光瑠。最前列中央のフッカーで先発した「技術管理部」の26歳だ。東芝から加入2年目にしてリーダー格とされるだけに、こうも気を引き締めていた。
「冷静に考えたら完璧な試合ではないです。ミスも、課題も、修正点もある。勝って反省したいと思います」
中国電力から転職して「上を目指すチームで戦いたい」と決意する染山も、ただ喜ぶだけではなかった。
「次の試合までは時間も空くので、相手の分析をしてチームのやることを明確にする。そうすれば、また今日のような試合ができると思います」
どうやら、試合後のロッカールームでは「もっと得点できたのでは」などの反省の弁が多かったらしい。試合結果以上の成果は、ここにあった。
【細谷監督】
トップイースト時代から目標としてきた三菱重工相模原に勝てたことは、成長を表す1歩。選手ひとりひとりがゲームプランを理解し、遂行してくれた。相手の強みを封じ込められた。ただ、トップチャレンジリーグのレギュラーシーズンはまだ続きます。何としても1位通過して、再度、三菱重工相模原としのぎを削る試合をしたいです。
【廣川主将】
トップイースト時代から毎年越えられなかった壁を越えられて、まずは嬉しく思います。コーチングサイドがアタック、ディフェンスともにやることを明確に落とし込んでくれて、それを選手がしっかりやった結果です。またひとつ、ふたつと階段を上りたいです。
【プロフィール】
Text by 向風見也
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポーツナビ」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。「現場での凝視と取材をもとに、人に嘘を伝えないようにする」を信条とする。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。
後半ロスタイム。自陣ゴール前で防戦一方。
「自分がゴールを決めていれば…」
日野自動車の「トヨタ部」に勤める27歳、染山茂範は必死だった。後半40分にトライが決まった際、直後のゴールキックを外していたからだ。1トライ1ゴールで逆転されるわずか6点のリードを守るべく、仲間とともにタックルを重ねる。
黄緑色のジャージィの三菱重工相模原が攻めるのに対し、最も対抗していた赤いジャージィは西村雄大だった。
「人事総務部」に勤務する26歳。白く書かれた背番号「6」を、雨水の混じった土で黒くする。
「それほど焦っていなくて、ひとりひとりが落ち着いて責任を果たせたと思います」
西村がこの試合最後のタックルを決めてそう時間のたたないうちに、相手選手が落球。笛が鳴る。ノーサイド。22-16。
日野自動車は、昨季のトップイーストで首位だった三菱重工相模原から22年ぶりの公式戦勝利をもぎ取った。同リーグで徐々に順位を上げるなか、改めて成長を実感したか。
この80分は、今季新設されたトップチャレンジリーグの第5戦目にあたる。
台風21号の接近で実施すら危ぶまれたなか、東京の秩父宮ラグビー場では赤いメガホンを持つ応援団が豪雨を浴びていた。屋根のない前方の席でグラウンドを背にし、屋根のある後方の席に固まるファンへ掛け声を促す。試合中は「応援合戦」などのイベントも催され、公式で「1774人」の観客は赤と緑に分かれて熱を帯びていた。
「レーッドドルフィンズ!」
「ダイーナボアーズ!」
捕球の難しそうなグラウンドコンディションだった。日野自動車のスタンドオフを務める染山は、理想と現実のはざまを首尾よく行き来した。
三菱重工相模原の防御網を分析して「外のスペースを攻めよう」とパスを回すのが、理想の動き。自陣でのミスを減らすべくキックを蹴って前方へ移動するのが、現実的に必要とされる動作だ。
染山の理想が実現されたのは、3点差を追う前半15分だ。
敵陣10メートル線付近左のスクラムから、中央に向かってフェーズを重ねる。左のスペースに相手の大柄な選手が並ぶのを見るや、染山はその区画に回ってパスを呼び込む。
大外には屈指のランナーを揃えていて、染山からパスをもらったのはアウトサイドセンターのモセセ・トンガ。フィニッシュを決めたのは、タッチライン際を駆け抜けたフルバックのギリース・カカだった。染山は、直後のゴール成功で7-3と4点リードを奪うのだった。
3分後にはキックの蹴り合いという現実路線を歩むなか、弾道を追う選手の隙間を相手に走られ、7-8と勝ち越されてしまう。28分にはペナルティーゴールで10-8ともう1度ひっくり返すも、次のキックオフからほどなくして三菱重工相模原のペナルティーゴールを許す。10-11と、またも追う立場となる。
しかし染山はここから、陣地獲得のプロセスを改善させる。
自分が放つキックの種類を、「相手に蹴り返させる長いもの」に限定した。快速で鳴らす「生産管理部」の25歳、小澤和人がその弾道を敵陣深い位置まで追った。そこにいた相手に、苦し紛れのようなキックを蹴らせた。
その延長で敵陣10メートル付近右のラインアウトを得たのは、36分のこと。ここから日野自動車は、再び理想の攻撃を繰り出す。
フォワードがラインアウトからモールを組み、左へ、左へと展開するなかでテンポを上げる。左端に立ったモセセとカカのコンビは、ここでも防御の隙間を破る。最後はカカの前方へ蹴ったボールを、モセセがインゴールで抑える。染山のゴール成功もあり、17―11のスコアで後半を迎える。
ここからはピンチに直面した。47分頃、57分頃と、自陣ゴール前でノーサイド直前のような防御を強いられた。
ただ、この時の日野自動車は献身的だった。47分頃は向こうの攻撃ラインを押し戻し、57分頃は相手のミスを誘い無失点で切り抜けた。
特にフランカーに入った西村は、強烈なタックルと肉弾戦へのぶちかましをこれでもかと繰り返した。この日はNECから移籍1年目の村田毅、サントリーから加入2年目の佐々木隆道というフランカーの主戦格が揃って欠場。穴を埋める西村は重責を担っていた。
「ブレイクダウン、1対1でしっかりと働く。相手の外国出身選手を止める。それが今日の課題だった。ここで止めれば流れが来る…と、ずっと思っていました」
辛抱が実ったのは、クライマックスを迎えてからだ。16-17と点差を詰められていた後半35分、「生産管理部」所属の廣川三鶴主将が投入される。早速、敵陣10メートル付近右中間でスクラムを組む。
32歳のベテランは、最前列中央のフッカーとして両脇の選手に実感を聞く。同じ部署で1学年上の右プロップ、廣瀬賢一から「絶対に、行ける!」と言われた。では、フォワード8人のパワーを廣瀬の側に結集させよう…。
猛烈なプッシュを、決めた。三菱重工相模原から、塊を崩すコラプシングの反則を誘う。
廣川主将は自信をつけた。試合終了が近づいた頃、敵陣ゴール前左でペナルティーキックを獲得。選べるプレーのなかから、迷わずスクラムをチョイスした。文句なしに組み勝ち、途中出場でフランカーのリチャード・スケルトンがだめを押した。このスコアを保って最後の笛を聞き、ハイタッチで水しぶきをあげた。
メンバー入りした海外出身者の数で3人も上回る三菱重工相模原から、防御とまとまりで泥だらけの白星を掴んだ格好だ。細谷監督は誇らしげだった。
「私が一番嬉しいのは、最後にスクラムを選んでくれたことです。ここはチームの強みなので。去年からの大きな成長だと思っています」
全国を回るトップチャレンジリーグのツアーは、いよいよ終盤戦に差し掛かる。昇格争いに加われる4位以上に残った日野自動車は、同じく4強確定の九州電力、ホンダと11月にぶつかる。最終順位を決定させ、三菱重工相模原を含めた計4チームでトーナメントを実施。自動昇格を争う。
「皆、ハードワークできた。よかった。一安心ですね」
かく語ったのは、この午後にゲーム主将を務めた崩光瑠。最前列中央のフッカーで先発した「技術管理部」の26歳だ。東芝から加入2年目にしてリーダー格とされるだけに、こうも気を引き締めていた。
「冷静に考えたら完璧な試合ではないです。ミスも、課題も、修正点もある。勝って反省したいと思います」
中国電力から転職して「上を目指すチームで戦いたい」と決意する染山も、ただ喜ぶだけではなかった。
「次の試合までは時間も空くので、相手の分析をしてチームのやることを明確にする。そうすれば、また今日のような試合ができると思います」
どうやら、試合後のロッカールームでは「もっと得点できたのでは」などの反省の弁が多かったらしい。試合結果以上の成果は、ここにあった。
【細谷監督】
トップイースト時代から目標としてきた三菱重工相模原に勝てたことは、成長を表す1歩。選手ひとりひとりがゲームプランを理解し、遂行してくれた。相手の強みを封じ込められた。ただ、トップチャレンジリーグのレギュラーシーズンはまだ続きます。何としても1位通過して、再度、三菱重工相模原としのぎを削る試合をしたいです。
【廣川主将】
トップイースト時代から毎年越えられなかった壁を越えられて、まずは嬉しく思います。コーチングサイドがアタック、ディフェンスともにやることを明確に落とし込んでくれて、それを選手がしっかりやった結果です。またひとつ、ふたつと階段を上りたいです。
【プロフィール】
Text by 向風見也
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライターとなり、主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポーツナビ」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行う。「現場での凝視と取材をもとに、人に嘘を伝えないようにする」を信条とする。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。