vs NTTドコモ レッドハリケーンズ
トップリーグ昇格をかけた入替戦の5日前、日野自動車の箕内拓郎フォワードコーチは自信に満ちあふれていた。
12月24日には長崎市総合運動公園かきどまり陸上競技場で、今季新設のトップチャレンジリーグの最終戦を落としていた。ホンダに10―55と大敗し、自動昇格を逃している。しかし1年間を振り返れば、選手たちの踏ん張る力が格段に上がったように思うのだ。
入替戦の相手は、くしくも昨年まで在籍していたNTTドコモとなった。NTTドコモは今季6勝を挙げながらも、開幕前の組分けの妙などもあって16チーム中15位でトップリーグを戦い終えている。
向こうの擁する海外出身選手のプレーぶりから「疲れ」を察した箕内コーチは、「NTTドコモには知っている選手もいますが、僕はもう日野自動車のコーチ。戦術、戦略的なやりにくさは、むしろ向こうの方が感じているかも知れません」と話す。
日野自動車は昨季、各地域リーグの上位陣が競う当時のトップチャレンジⅠでNTTドコモと対戦している。1月3日、東京・秩父宮ラグビー場でのこの一戦は、開始早々の連続失点などで12-68と落としている。
だからこそ就任4年目の細谷直監督は、今度の対戦が決まって嬉しかった。大敗した相手と約1年越しに相まみえるのだ。これなら、確かな成長を実感しながら結果を出せるではないか。
来るべき瞬間に向け、首脳陣はNTTドコモのプレーの傾向を分析。外側の防御の裏にスペースができやすいこと、相手の強いランナーをタックルで倒しきれば次の攻め手を遮断できそうなことなどを、選手たちと共有した。
1月20日の13時、大阪はヤンマースタジアム長居。トップリーグの公式入場曲であるTWO STEPS FROM HELL の『ALL IS HELL THAT ENDS WELL』に乗り、芝へ駆け出す。「生産管理部」でこの試合はリザーブスタートという廣川三鶴主将が、先発要員とハイタッチをかわす。念を送る。
キックオフ。応援団からの熱い声援を浴びながら、日野自動車が思い通りの試合運びをする。
光ったのは、相手ランナーを止めるタックル、そのランナーが持つ球へ絡むジャッカルだった。日野自動車の激しいタックルを受けたNTTドコモのボール保持者が、孤立。その区画へサントリー出身のオープンサイドフランカーである佐々木隆道、NECらが果敢に腕を差し込む。
前半19分には、NTTドコモから日野自動車へ移ったプロップの久富雄一が自陣22メートルエリアほぼ中央でジャッカルを決める。この時のNTTドコモのプレーが、寝たまま球を離さない「ノット・リリース・ザ・ボール」と判定された。久富の述懐。
「身体が反応して…。こういう仕事をするために、日野自動車に来たので」
その後の約4分間で、NTTドコモは立て続けにペナルティーを犯す。おかげで「トヨタ部」のスタンドオフである染山茂範が、先制ペナルティーゴールを決めた。3-0。先制点が入った。
そして29分だ。自陣10メートルエリア左で相手のキックを捕球した佐々木の後ろから、「調達部」のウイングである篠田正悟が駆け込む。「安全環境推進部」の新人スクラムハーフである古川浩太郎が球をさばく。
グラウンド中盤左中間でそのバトンを受け継いだフルバックのギリース・カカは、右タッチライン際へ向かってふわりとした放物線を描く。キックパスだ。
「生産管理部」の小澤和人が捕球。そのまま前方へ蹴り、快足を飛ばして弾道に追いつく。タッチライン際に死角ができやすいという事前のスカウティングを活かし、両チームを通じて最初のトライを奪ったのだ。直後に染山がコンバージョンを決め、10-
前半終了間際には篠田もトライを決めたが、こちらも敵陣での染山によるキックパスが通った形だった。染山はこうだ。
「スペースは出てくると思っていました。ウイングからもコールがあったので、狙いました」
17―5とリードして後半に臨んだが、やはり相手はトップリーグ経験者だ。キックでえぐられた弱みは交代策などで修繕し、攻めては南アフリカ代表ナンバーエイトのワーレン・ホワイトリーが要所で何度も出現。前半からタフに戦ってきた日野自動車はっていた。後半27分、17-17と同点に追いつかれた。
特に満身創痍だったのが染山だった。味方の投げてくれたパスを後ろにそらすなど、苦しさをあらわにしていた。思うように動かない足を、「気持ち」で動かすしかなかった。
最後の力を振り絞ったかに見えたのは、再びの勝ち越しを狙う31分だ。染山はそれまでと同じように目の前の守備網の背後の空間を察知。キック。球の転がる先まで走り、自らインゴールへ飛び込もうとした。
NTTドコモの1人は、たまらず染山に手をかける。ボールを持たない選手へのタックルは妨害行為と見なされる。日野自動車は、決まれば3点のペナルティーゴールを獲得できた。
33分、染山がその機会をものにする。20-17と勝ち越す。4分後、退いた。
最大の見どころは、クライマックスにやってきた。残り時間が2分を切ると、NTTドコモが最後の反撃に出たのだ。
日野自動車は、改めて防御網を敷く。限界を越えていたかもしれない村田が、「人事総務部」のフランカーである西村雄大が、腰を落としてタックルやジャッカルを狙い続けた。染山と佐々木はベンチで仲間を信じた。
後半29分から入っていたインサイドセンターのブレット・ガレスピも、接点に身体をねじ込んだ。ガレスピは昨年からこの年限りでの引退を決めていた。仲間をトップリーグでプレーさせるためだけに、身を粉にした。
観客席上段で座っていた細谷監督は「面白いな、これがラグビーだ」と感心し、隣にいた箕内フォワードコーチも「止めていることもすごいけど、反則をしていないこともすごい」と見つめていた。視線の先では、後半19分からフッカーに入った廣川主将も身体を張っていた。そういえばこの人は、ハーフタイムにこう話していた。
「誰かが抜かれても、きっと誰かがその相手を止めてくれる。だから、もし抜かれても頑張ってその地点まで下がろう。我慢しよう」
場内の時計はロスタイム5分超の「45分48秒」を指す。スポーツチャンネル「J SPORTS」の中継画面は、NTTドコモが攻撃を重ねた回数を「47フェーズ」と刻んだ。NTTドコモが落球した。ノーサイド。たちまち歓喜の輪ができた。
この時スタジアムに流れていた『声あつめて』は、村田の兄にあたるカンタス村田さんがボーカルを務めるカルナバケーションの新曲だった。唇を切ったまま感涙した村田は、帰り際に「思い描いていたストーリー通り、じゃないですか」と笑った。
来季戦うトップリーグは、夢の舞台であり茨の道だ。
サントリーから加わって2シーズン目となる佐々木は、試合直後こそ感涙したもののスーツに着替えた頃には冷静になったか。次なるステージの現実を肌で知る元日本代表戦士は、この午後の快挙だけで安心はできない。
「トップリーグのレベルになれるよう、成長していくだけです。フィジカルも選手の意識もより高いものにしていかないと、来年は僕らがNTTドコモのような立場になる。次の開幕までの約半年で、準備していきたいです」
今季は、トップリーグ昇格後も簡単に降格しないための基盤作りを裏テーマとしていた。今回以上の強力な相手からも白星を得るための「準備」はこれまでもしてきたし、これからはより注力しなくてはならないという。
その「準備」について、わかりやすいたとえ話をしていたのは村田だった。日本代表経験者として、現有戦力へほどよくアプローチしてゆく。
「もし、スクワットで重いバーベルを挙げられる選手がいても、ちゃんとパスが放れなかったら…じゃないですか。ただその選手は、誰もやりたがらないスクワットをする気合いはある。だったら、その選手に正しい努力を伝えたい。正しい努力を死に物狂いでやることが必要だってことを、伝えていきたいです」
2017年度、日野自動車は大きな伸びしろを残しながらも一発勝負を制して目標を叶えた。不可能も可能に変える旅は、これからが面白くなる。
【細谷監督】
ホンダさんに負けてからの約3週間で選手は大きく進化しました。『ラストチャンスをものにすべくチームがひとつにならないといけない』『間違ったことは何もしていない』と、声を大にして言ってくれました。これは私の勇気にもなった。スタッフもたくさんの汗をかいて、悔いの残らないような準備を…。皆の思いが、実を結んだと思います。
【廣川主将】
この場所で勝つことだけを見ていました。ブレイクダウン、ディフェンスがしっかりできたことが勝ちに繋がったと思います。NTTドコモさんにもリスペクトと感謝をしながら、来年のトップリーグをしっかりと戦えるよう積み上げていきたいと思います。
【プロフィール】
Text by 向風見也
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライ ターとなり、主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポー ツナビ」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行 う。「現場での凝視と取材をもとに、人に嘘を伝えないようにする」を信条とす る。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に 『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。
12月24日には長崎市総合運動公園かきどまり陸上競技場で、今季新設のトップチャレンジリーグの最終戦を落としていた。ホンダに10―55と大敗し、自動昇格を逃している。しかし1年間を振り返れば、選手たちの踏ん張る力が格段に上がったように思うのだ。
入替戦の相手は、くしくも昨年まで在籍していたNTTドコモとなった。NTTドコモは今季6勝を挙げながらも、開幕前の組分けの妙などもあって16チーム中15位でトップリーグを戦い終えている。
向こうの擁する海外出身選手のプレーぶりから「疲れ」を察した箕内コーチは、「NTTドコモには知っている選手もいますが、僕はもう日野自動車のコーチ。戦術、戦略的なやりにくさは、むしろ向こうの方が感じているかも知れません」と話す。
日野自動車は昨季、各地域リーグの上位陣が競う当時のトップチャレンジⅠでNTTドコモと対戦している。1月3日、東京・秩父宮ラグビー場でのこの一戦は、開始早々の連続失点などで12-68と落としている。
だからこそ就任4年目の細谷直監督は、今度の対戦が決まって嬉しかった。大敗した相手と約1年越しに相まみえるのだ。これなら、確かな成長を実感しながら結果を出せるではないか。
来るべき瞬間に向け、首脳陣はNTTドコモのプレーの傾向を分析。外側の防御の裏にスペースができやすいこと、相手の強いランナーをタックルで倒しきれば次の攻め手を遮断できそうなことなどを、選手たちと共有した。
1月20日の13時、大阪はヤンマースタジアム長居。トップリーグの公式入場曲であるTWO STEPS FROM HELL の『ALL IS HELL THAT ENDS WELL』に乗り、芝へ駆け出す。「生産管理部」でこの試合はリザーブスタートという廣川三鶴主将が、先発要員とハイタッチをかわす。念を送る。
キックオフ。応援団からの熱い声援を浴びながら、日野自動車が思い通りの試合運びをする。
光ったのは、相手ランナーを止めるタックル、そのランナーが持つ球へ絡むジャッカルだった。日野自動車の激しいタックルを受けたNTTドコモのボール保持者が、孤立。その区画へサントリー出身のオープンサイドフランカーである佐々木隆道、NECらが果敢に腕を差し込む。
前半19分には、NTTドコモから日野自動車へ移ったプロップの久富雄一が自陣22メートルエリアほぼ中央でジャッカルを決める。この時のNTTドコモのプレーが、寝たまま球を離さない「ノット・リリース・ザ・ボール」と判定された。久富の述懐。
「身体が反応して…。こういう仕事をするために、日野自動車に来たので」
その後の約4分間で、NTTドコモは立て続けにペナルティーを犯す。おかげで「トヨタ部」のスタンドオフである染山茂範が、先制ペナルティーゴールを決めた。3-0。先制点が入った。
そして29分だ。自陣10メートルエリア左で相手のキックを捕球した佐々木の後ろから、「調達部」のウイングである篠田正悟が駆け込む。「安全環境推進部」の新人スクラムハーフである古川浩太郎が球をさばく。
グラウンド中盤左中間でそのバトンを受け継いだフルバックのギリース・カカは、右タッチライン際へ向かってふわりとした放物線を描く。キックパスだ。
「生産管理部」の小澤和人が捕球。そのまま前方へ蹴り、快足を飛ばして弾道に追いつく。タッチライン際に死角ができやすいという事前のスカウティングを活かし、両チームを通じて最初のトライを奪ったのだ。直後に染山がコンバージョンを決め、10-
前半終了間際には篠田もトライを決めたが、こちらも敵陣での染山によるキックパスが通った形だった。染山はこうだ。
「スペースは出てくると思っていました。ウイングからもコールがあったので、狙いました」
17―5とリードして後半に臨んだが、やはり相手はトップリーグ経験者だ。キックでえぐられた弱みは交代策などで修繕し、攻めては南アフリカ代表ナンバーエイトのワーレン・ホワイトリーが要所で何度も出現。前半からタフに戦ってきた日野自動車はっていた。後半27分、17-17と同点に追いつかれた。
特に満身創痍だったのが染山だった。味方の投げてくれたパスを後ろにそらすなど、苦しさをあらわにしていた。思うように動かない足を、「気持ち」で動かすしかなかった。
最後の力を振り絞ったかに見えたのは、再びの勝ち越しを狙う31分だ。染山はそれまでと同じように目の前の守備網の背後の空間を察知。キック。球の転がる先まで走り、自らインゴールへ飛び込もうとした。
NTTドコモの1人は、たまらず染山に手をかける。ボールを持たない選手へのタックルは妨害行為と見なされる。日野自動車は、決まれば3点のペナルティーゴールを獲得できた。
33分、染山がその機会をものにする。20-17と勝ち越す。4分後、退いた。
最大の見どころは、クライマックスにやってきた。残り時間が2分を切ると、NTTドコモが最後の反撃に出たのだ。
日野自動車は、改めて防御網を敷く。限界を越えていたかもしれない村田が、「人事総務部」のフランカーである西村雄大が、腰を落としてタックルやジャッカルを狙い続けた。染山と佐々木はベンチで仲間を信じた。
後半29分から入っていたインサイドセンターのブレット・ガレスピも、接点に身体をねじ込んだ。ガレスピは昨年からこの年限りでの引退を決めていた。仲間をトップリーグでプレーさせるためだけに、身を粉にした。
観客席上段で座っていた細谷監督は「面白いな、これがラグビーだ」と感心し、隣にいた箕内フォワードコーチも「止めていることもすごいけど、反則をしていないこともすごい」と見つめていた。視線の先では、後半19分からフッカーに入った廣川主将も身体を張っていた。そういえばこの人は、ハーフタイムにこう話していた。
「誰かが抜かれても、きっと誰かがその相手を止めてくれる。だから、もし抜かれても頑張ってその地点まで下がろう。我慢しよう」
場内の時計はロスタイム5分超の「45分48秒」を指す。スポーツチャンネル「J SPORTS」の中継画面は、NTTドコモが攻撃を重ねた回数を「47フェーズ」と刻んだ。NTTドコモが落球した。ノーサイド。たちまち歓喜の輪ができた。
この時スタジアムに流れていた『声あつめて』は、村田の兄にあたるカンタス村田さんがボーカルを務めるカルナバケーションの新曲だった。唇を切ったまま感涙した村田は、帰り際に「思い描いていたストーリー通り、じゃないですか」と笑った。
来季戦うトップリーグは、夢の舞台であり茨の道だ。
サントリーから加わって2シーズン目となる佐々木は、試合直後こそ感涙したもののスーツに着替えた頃には冷静になったか。次なるステージの現実を肌で知る元日本代表戦士は、この午後の快挙だけで安心はできない。
「トップリーグのレベルになれるよう、成長していくだけです。フィジカルも選手の意識もより高いものにしていかないと、来年は僕らがNTTドコモのような立場になる。次の開幕までの約半年で、準備していきたいです」
今季は、トップリーグ昇格後も簡単に降格しないための基盤作りを裏テーマとしていた。今回以上の強力な相手からも白星を得るための「準備」はこれまでもしてきたし、これからはより注力しなくてはならないという。
その「準備」について、わかりやすいたとえ話をしていたのは村田だった。日本代表経験者として、現有戦力へほどよくアプローチしてゆく。
「もし、スクワットで重いバーベルを挙げられる選手がいても、ちゃんとパスが放れなかったら…じゃないですか。ただその選手は、誰もやりたがらないスクワットをする気合いはある。だったら、その選手に正しい努力を伝えたい。正しい努力を死に物狂いでやることが必要だってことを、伝えていきたいです」
2017年度、日野自動車は大きな伸びしろを残しながらも一発勝負を制して目標を叶えた。不可能も可能に変える旅は、これからが面白くなる。
【細谷監督】
ホンダさんに負けてからの約3週間で選手は大きく進化しました。『ラストチャンスをものにすべくチームがひとつにならないといけない』『間違ったことは何もしていない』と、声を大にして言ってくれました。これは私の勇気にもなった。スタッフもたくさんの汗をかいて、悔いの残らないような準備を…。皆の思いが、実を結んだと思います。
【廣川主将】
この場所で勝つことだけを見ていました。ブレイクダウン、ディフェンスがしっかりできたことが勝ちに繋がったと思います。NTTドコモさんにもリスペクトと感謝をしながら、来年のトップリーグをしっかりと戦えるよう積み上げていきたいと思います。
【プロフィール】
Text by 向風見也
1982年、富山県生まれ。成城大学文芸学部芸術学科卒。2006年よりスポーツライ ターとなり、主にラグビーのリポートやコラムを「ラグビーマガジン」「スポー ツナビ」などに寄稿。ラグビー技術本の構成やトークイベントの企画・司会も行 う。「現場での凝視と取材をもとに、人に嘘を伝えないようにする」を信条とす る。著書に『ジャパンのために 日本ラグビー9人の肖像』(論創社)。共著に 『ラグビー・エクスプレス イングランド経由日本行き』(双葉社)など。